ムシ屋の移民論

 第二部

北アメリカについての考察

 

 近年、種の多様性の保全にからみ、アマゾンの熱帯雨林の開発に厳しい国際社会の眼が向けられていたが、一方では人類は一種という観点から人類の文化、文明の多様性が多分に無視されている。

 これはアメリカ(USA)のグローバル戦略の結果に外ならない。 しからば、何故?アメリカは強引にグローバル戦略を推し進めるのであろうか? 以下は、その考察である。

  グローバリズムはアメリカ合衆国のアイデンティティー?

 ホモサピエンス17万年(最新の学説では19万年前)の歴史は地球の環境の異なる地域にシフトして生き延びることにあった。 スタートは17万年前のアフリカ(エチオピア)であったが、アフリカに残った人々の肌の色は黒くなり、中近東に渡った人々は肌の色が白っぽくなった。中近東からヨーロッパに渡った人々の肌の色はさらに白くなり、本来、黒かった髪の毛が茶色になった。その後、北欧に住み着いた人々は、さらに白くなり、髪の毛は金色に、眼は青くなった。 *1

また、インドを経て、南アジアに住み着いた人々の肌の色はやや浅黒くなり、東や北のアジアに住み着いた人々は黄色くなった。いずれも住み着いた地域に降り注ぐ太陽光線の強弱の結果 である。(一見すると熱帯では白のほうが、紫外線を弾くため強く思われるが、それは温帯の感性で、実際は黒の方が強い)

  いずれの人々も交雑により子孫を残せるため、ホモサピエンスという同一種にくくられているが、ローカルバリエーション(変種)は認めざるをえない。 ヒト以外の種であれば、生物的特徴にもっと大きな変化が現れ、別種のレベルまで分化したであろうが、ヒトは文化/文明を変えることでその地に順応して生き延びて来たのである。

  コロンブスの発見以来、1万年以上前から住んでいた先住民を迫害して、地球上のあらゆる地域の人々(異民族、異文化、異宗教)の移民により、多民族多文化多宗教の国を作り上げたのが、今日のアメリカ合衆国である。しかし、わずか二百数十年に歴史しかない。それゆえ、アメリカ合衆国はアイデンティティーとしてグローバリズムを押し進めざるをえない宿命にある。

  #生物学的に見た場合、アメリカ人はハイブリット種(雑種)である。

 それ故、下記の図式が生まれる。

  

ハイブリット種(雑種:多民族、多文化、多宗教)           ↓     

 コングロマリット(多国籍複合企業)   

        ↓    

グローバリズム(アメリカンスタンダードの普及)

  

  ゆえに、アメリカ合衆国の文化は、料理でいえば、複雑な味のするそれなりに栄養価の高い、巨大な「闇鍋」と云いうか「ちゃんこ鍋」であるが、それぞれの素材の旨味を殺しているのが今日のアメリカ合衆国である。

 合衆国とは云い得て妙である。 21世紀後半、世界的規模で食料が足りなくなると云う理由で、遺伝子組み換え作物の栽培を強引にアメリカ合衆国のコングロマリット(多国籍企業)が押し進めているが、上記の図式によれば必然である。

 しかし、その弊害は下記の通り。

 

1.少数の企業の種子の独占による農家の飼い殺し。

2.アメリカ合衆国の意思に反対すると種子およびその生産物が反対した国に流れず、その国の国民は飢える。

3.栽培地帯の環境破壊(生態系の乱れ、正体不明の植物の出現)*2  

4.リスク分散がなされていない。万が一の時は世界規模の飢饉が起きる可能 性あり。

5.当初のもくろみほど、収量が増えてはいない。

 

  人間の文化・文明にも同じことが云える。アメリカの主張するグローバリズム(アメリカン・スタンダード)の強制は、その地の文化・文明を破壊する。 世界中の人がハンバーグとコーラを好むわけではないのである。 それぞれの地域の文化・文明を正しく評価し、それを守ることが重要である。

  ほぼ同じ時期に発見され、同じようにヨーロッパ移民によって成立したブラジルであるが、合衆国とは異なった国家形態をしている。 人種構成がアングロサクソンとポルトガル系という違い、キリスト教のプロテスタント、カトリックという違いがあるにしてもその差は大きい。

 理由はいずれの地も北部に大森林地帯を抱えているが、アメリが合衆国は寒帯系の針葉樹林地帯で、ブラジルの場合は熱帯降雨林地帯であるという点にある。 つまり、移住地の気候風土が移住者の精神風土に与えた違いに外ならないのである。ことほど左様にその地の気候風土の影響は大きいのである。

 いずれの国も幾多の民族で構成されているが、先に述べたように、アメリカ合衆国を「闇鍋」「ちゃんこ鍋」に例えるなら、ブラジルは素材の持ち味を生かした「おでん鍋」か「寄せ鍋」と云えるであろう。

  蛇足ながら、日本文化は「牛鍋(すき焼き)」である。 共通点はどちらも歴史が浅く、中世がないので、文化の蓄積がない点である。 それゆえ、アメリカ合衆国においては、伝統的な育種学による新品種の開発という手法によらず、一気に遺伝子組み換えという、いわば種の合成に近いことをためらわずに実行する状況が生まれるのである。その背後には伝統文化の欠落があるのである。

  「種の多様性の保全」という主張はヒトを取り巻く環境をヒトの管理下において種の減少を「炭坑のカナリア」として持ちいると共に、将来のバイオテクノロジーによる遺伝子組み替えに際しての遺伝子資源の確保にあるが、人類のエゴ以外何者でもなく、ヒトも地球上の生物の一種にしかすぎないという視点と、ヒトは現在も分化(進化ではない)の途上にあるという歴史的視点が欠けている。

*1青い眼は強い紫外線に耐えられない。(水銀灯に弱い)

*2遺伝子組み換え作物はそれを食べた場合の、人体への影響ばかりが問題に   されているが、それの耕作地における周辺環境への影響の方が大きい。 (遺伝子組み換え作物の花粉の飛散の結果 、交雑による正体不明の植物が誕   生する可能性が大。)

  #現代生物学の新しい系統樹(多数悲運死と狭い範囲における分化)を認め  ることは民主主義の原理=多数決(選挙)の崩壊につながる。

#また、多数決はコンピューターに間違ったデータを入力しても、コンピュー  ターが計算したのだから、間違っているはずがないという論理を成立させる  可能性がある。

#アラブの論理にアメリカ合衆国の論理〈ヨーロッパ産の民主主義という論理  の雑種強勢(F1は出来るがF2は出来ない)〉を強いるとウマとロバからラバをつくるようなものになる可能性がある。

                 (つづく)

地球の裏側からみてると日本ではみえにくいいろいろなモノが案外簡単に見えるようなきがすることがある。昨今盛んな、地球温暖化など関係でみても人類の力で自然を制御できると信じる欧州カトリック的思想と世界のシステムを支配したい米国プロテスタント思想の対立とか見え見えなんじゃがな。日本のマスコミの論議というのは、どこか世界の常識でいえば割合に肝心なところがすぽんとぬ けおちておる、とアマゾンからみていておもえてならんのだが、まあ、いいや。わしは、当地の泥棒科学者集団からタワーを取り返すので忙しいから、そのうち書こう。現代は世界中で地球環境保護と禁煙が「時代の正義」になっている。「セイギ」ぐらい便利で怪しいモノはない、ととりあえず言っておこう。この文も数年前に書いたものだが、いまやあの「熱帯雨林保護」のセイギの熱狂は穀物価格高騰の前に消え失せつつあるのが実情だ。

 

デジカメアマゾンの目次にもどる

home